いつも側に…。

usakima2006-06-29

いつごろからでしょうか、あの人が出没し始めたのは。今となっては思い出すことができませんが、確か最初は妹のひと言からでした。


「お姉ちゃん、今日、駅前にいた?」
「は?いないよ、普段駅なんて使わないし…」
「だよねぇ、すっごいそっくりな人がいたんだ、お姉ちゃんに。わたし、話しかけようと思ったんだけど、そんなところにいるわけないよなぁって思って。ねぇ、あれ本当にお姉ちゃんじゃない?」
「違うって。いないって」
「…だよねぇ」
「それにしても身内が間違えそうになるなんてよっぽど似てるんだね。世の中には似た顔の人がいるとは聞くけど」
「うん、だってすごいんだよ、顔も髪型も、服装も、あの悪趣味な色の自転車も、まるでお姉ちゃんなの」
「へえ…なんか怖いね、それ。」


どさくさにまぎれて人の自転車を悪趣味呼ばわりした妹は、それからもしばし、その人物とニアミスをしたらしく、そのたびに「似てるなあぁ、でも違うよなぁ」というどっちつかずの感覚を覚えたらしい。しかし、月日がたつにつれ、いつしかそんな話題も私たちの中から消えていった。


あれから数年。
わたしは住み慣れた故郷を旅立ち、大都会の片隅でほそぼそと暮らしている。仕事にも慣れ、平凡な毎日がただただ続いていた。あの日のことなどすっかり忘れて。


そんなある日のことである。
同僚の女性がわたしにこう問いかけてきた。


「ねぇ、あなた今朝、あそこの交差点を会社とは反対方向に自転車で走っていった?」
「え?いえ、まさか。会社直行してますよ」
「…そうよねぇ」
「何でですか?」
「いえね、あなたにそっくりな人がいるのよ、いつも」
「いつもですか?」
「そう。私が信号待ちしてると、必ず横断歩道の向こう側からやってきて、そして反対方向へ行ってしまうの。いつも声をかけようかなぁって思うんだけど…。どうにもふに落ちないから掛けず仕舞いだったんだけど。」
「ど、どんな人なんでしょうか、その人」
「どんなって、見た目がそっくりなのよ。その汚いジーンズも、髪型も、顔も体型も、あと自転車の色だってまるで同じなのよねぇ」


この話を聞いたときに、わたしはなぜか直感的に


ヤツが来た…


と感じた。
額にじんわりと冷や汗をかいているのがわかる。


「…近づいてきています、確実に」
「え?何が?」
「田舎にいたころ、同じようなことがあったんです。きっとその人です。その人が東京までやってきたんです。私の近くまでやってきたんです。」
「はあ?」
「…ドッペルゲンガーです。」
ドッペルゲンガー。…自分とそっくりの分身でお互いが出会うと死んじゃうって言うあの…?」
「ええ…。」
「…。」
「冗談ですけど…。」



自分から言っておきながら、少し恐怖を感じる。
心なしか冗談にしきれない自分がそこにいたのだ。


しかし、それから数ヶ月もしないうちに、同僚の女性はいつしか私のそっくりさんを見かけなくなったという。


良かった、どこかに消えたんだ…。


私は安堵していた。結局、昔も今も、その人物が私の前に現れることは無かった。きっとこれからも会うことは無いだろう。いや、会わないほうがいいのかもしれない。
そもそも、ただの他人の空似ってやつだったのだろう。気にすることなんて無いんだ。そうしてまた、私は記憶の奥底にこれまでの不安を閉じ込めた。





しかし、先日
私は…見てしまった。


私の通勤ルートを少しはずれた駅の片隅で、ただでさえ珍しいと言われる私のバイクと同型で、その中でもさらに珍しいと言われる私と同じあのカラーリングのバイクが、ひっそりと駐車してあるのを。


人影は無い…。






…来た…。


わたしはまた、額に汗がにじむのを感じた。

出会うのは、もう遠くない未来かもしれない…。







(いや、ちょっと待て、それより「汚いジーンズ」ってなんだ?)